Kanazawa Jazz Days

Kanazawa Jazz Days

ジャズを中心としたレコード/CD、登山/渓流釣り/ランニング、金沢の日々の暮らし

新宿・ピットイン: 一噌幸弘セシル・テイラー追悼セッション

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早稲田での仕事が早々に終わったあと、ハッとした。ライヴに行けるじゃないか。

調べてみると新宿で原田依幸石渡明廣が出るじゃないか、と小躍りして向かった。

原田さんは40年くらい前のドイツでのライヴ、梅津さんとのデュオをFM放送で聴いて刮目。ピアノの彫りの深い響きに惹かれた。爾来、聴いている。フリー系を聴かなかった時期も別格で、鈴木勲さんとのデュオは愛聴盤だった。ナマで聴く機会がなかったので小躍り。ナマで聴くと、期待と違わない、いや以上のピアノの響き、嬉しかったなあ。

石渡さんはSALTのデビューアルバム。やはり40年近く前。当時流行ったパンクジャズ的な演奏ながら、日本的?なジャズの匂いが好きだった。後年の中央線云々って表現は、和ジャズ同様、音のスケールを矮小化した感じが嫌だったが、同時に膝を打つ感じもあった。その感じ。昨日は、奏者たちの音の隙間に淡色の空間を流し込むような感じで、その音響感が心地よかった。低音でグルーヴするのも快感指数が高かった、ので改めて聴きたくなった。

順序が前後したが、オーガナイザの一噌さん、はじめて聴いたが面白かった。邦楽器でのジャズというと山本邦山を思い出すが、彼のような音空間を包摂し、たおやかに木管の質感を埋めていくような感じではない。音を細分化し、音の時間に対する微係数を最大化する、そんな意思を楽器の限界を超えて表現している、そんな激しさ、だった。楽器のダイナミックレンジが狭いので、激しくは聴こえないのだけど、それを超えようとする意思が激しいのだ。ドルフィーを聴く快感、と似たものだ。そこにテイラーへの追悼、追憶、というメッセージを受け取った感覚がある。そして、ふっと感じさせる邦楽の匂い、が中央線云々ではない、欧米でもない、独自のものだった。山本邦山と同じく。

望月さんの打楽器、これも邦楽のものだけど、好みだった。富樫雅彦の邦楽の匂いを強め、またジャズのタイムも十分含有した、である。打ち込まれる音の鋭さ、に驚いた。

アルバムも出るようだ。楽しみ。

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