Kanazawa Jazz Days

Kanazawa Jazz Days

ジャズを中心としたレコード/CD、登山/渓流釣り/ランニング、金沢の日々の暮らし

Muhal Richard Abrams: Spiral (1978) 美しいピアノの音

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 ここ数日、1980年あたりを中心にみた、あの辺りのピアノ奏者、を拾い上げて聴いている。

フリーマンとの共演で光ったルイズ、サンダースとの共演で光ったヒックスの1980年代中盤のレコードを聴いてみたが、ピンとこなかった。音は流れるが、一音一音の力が薄いように感じた。早い時期のレコードをもう少し聴かなきゃ、かな。(多くの奏者が1980年代中盤以降、力と輝きを失っていくように感じるのは何故だろうか。)

その後に聴いた、このアルバム。一打目、から音の違いを見せつけられた。一音一音の煌めき、音の連なりの説得力、スタイルやフォームといったものを越えた存在感、そんなものを覆い被さるように感じさせる。凄い。1978年のモントルーでのライヴ

エイブラムスのピアノは美しい。そして、その美しさがクラシック音楽でのピアノの美しさと違った在り方、そこが打楽器的な要素じゃないか、がオリジナリティを主張している。先般、twitterでメルドーのピアノについて論議(ただの好き嫌いだけど)があったが、まさにクラシック的な音との重畳の広さ・狭さの議論じゃないかな、と思う。彼のピアノはクラシック的な美しさで、そこからジャズへの被せ方が巧いアルバム(ソロ全般とか、Largoとか)が面白いのだ。しかしクラシックに寄り添うと(最近のバッハもの)、やはりクラシック奏者との違いが辛い。クラシック奏者でもあるジャレットのジャズアルバムは、最近であってもクラシック的な音のようで、ゴスペルとかフォーク的な味わいが楽しい。好き嫌いはあるだろうが、単なるクラシック的な音ではないと思う。美しいピアノであっても、クラシックとの違い、が面白いのだと思う。ジャズなんだから。現代ジャズで跋扈するピアノ・トリオで辛いものが多いのは、ソコじゃないかな。

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彼のピアノの打楽器的な要素、と書いたが、A面ではピアノの打鍵を止めた後、ピアノの弦を爪弾いた後、打楽器を鳴らしている。演奏空間にすっと広がるゴングの響きが美しい。そこにピアノからの不連続を感じさせない。一体の音世界であることを実感させられる。何か大きなものを体得し、迷いのない奏者であることが分かった。テイラーと同じように。

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Muhal Richard Abrams: Spiral: Live At Montreux 1978 (Novus)
A1. B Song 13:50
A2. String Song 5:05
B1. Voice Song 23:33
Muhal Richard Abrams(p, perc
Producer: Michael Cuscuna
Recorded live at the Montreux Jazz Festival, Montreux, Switzerland by Mountain Studio on July 22, 1978. Mixed at Soundmixers, New York City.

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