Kanazawa Jazz Days

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ジャズを中心としたレコード/CD、登山/渓流釣り/ランニング、金沢の日々の暮らし

毛沢東の対日戦犯裁判 - 中国共産党の思惑と1526名の日本人 (中公新書) 著者が締めに述べた「深謀遠慮」の深さ

[2016-12-23] 追記

著者のインタビューが掲載されていた。やはり政治的立場との距離感がいいなあ、と思った。昭和史が歴史になる、瞬間を見ているような感覚がある。


[2016-12-04] 記載

 一日籠もっていたので、久しぶりにゆっくり本を読んだ。蒋介石の「以徳報怨」を含め、最も軍国日本が苛烈な被害を与えた中国の戦後処理が、報復的ではないことは良く知られる(敗戦から国共内戦時の悲惨な事件の数々は別として、国家意思としての戦後処理という側面で)。

  それが、戦後の中国共産党政権に対する、ある種の敬意を日本国民のなかに生み、経済的には貧しかった中国に対し、思想的な高みを感じさせる力になったことは間違いない。1970年代の国交回復からの日中友好の芽は戦後処理のなかにあった。国交回復時点では、戦後27年、多くの旧軍兵士が40代から50代、戦時中の中堅指導層が社会の指導層、戦争指導者が隠然と力を持っていた時代である。彼らの理解・納得抜きには実現していない、とも云える。また多くの日本国民の贖罪意識もあり、その後の様々な援助の取り組み行われる原動力となっていた、と思う。(これもまた、遠い過去になりつつある)

 そのような中国共産党政権の、すなわち毛沢東の対日戦犯に対する処理について論述した本。イデオロギー偏重ではない若手歴史研究者の、ある種、事象に対する好ましい距離感を持って書かれた本であると思う。中国の公開公文書を調べた、という点も驚きで、「戦後」も歴史になりつつある、を実感した。

(戦後が、大日本帝国瓦解の後のパワーバランスの調整過程であるならば、印度支那では1975年のサイゴン陥落をもって戦後は終焉したが、東アジアは台湾・南北朝鮮の地位が固定されておらず、未だ戦後と云えよう。)

 日中間の戦犯処理は、国民党政権との間でBC級戦犯に対する軍事法廷で裁かれ、100人以上が戦争犯罪で処刑されている。法的にはそこで償っていることになっている。従い、国民党政権のもとで八路軍として戦っていた共産党が、再び、戦犯処理を行う妥当性、は本書の扱い外。あくまで歴史的な事象として発生した、中国共産党政権による対日戦犯裁判についての論述である。

(1)中国共産党政権に拘留された戦犯は、ソ連での抑留者から引き渡されたもの、山西省の閻錫山の国民党軍に編入され共産党軍と戦った日本兵、からなる。

(2)本書では山西省日本軍残留問題について詳しく記述。映画「蟻の兵隊」で知られる問題。支那派遣軍第一軍・澄田𧶛­四郎中将と閻錫山との間の合意で、多くの将兵・民間人が国共内戦に参戦。組織的に現地除隊とし、志願兵として参戦しているが、事実上の軍命。澄田𧶛­四郎(元日銀総裁の父君)は早々に帰国、戦犯を免れている。満洲国崩壊の後の民間人の悲劇と同じ構図である。残された日本兵から多くの戦死者を出し、また共産軍に俘虜として捕らえられ、共産党政権から戦犯として裁かれた。

(3)張作霖爆破の犯人とされる河本大作が国策企業・山西産業の社長として山西省に居り、日本軍残留重要な役割を果たしている。戦犯として収容後、獄死。

(4)ソ連から引き渡された戦犯には満洲国の日本人高官も含まれていた。引き渡しは、満洲帝国皇帝の溥儀と同じタイミング(だったかな)。だから映画ラスト・エンペラーでの収容所、撫順戦犯管理所が舞台。

(5)1950年の中国内での拘留にはじまり、1956年の戦犯裁判に至る期間は「思想改造」である。当時の一般中国人よりも食生活面で厚遇され、また暴力なども加えられていない。中国側の精緻な現地調査による罪状との整合、戦犯自身の認罪の過程が描かれる。当時の戦争の惨禍のあと、このような整然とした「思想改造」を行う前提として共産党毛沢東の権威なしには有り得なかった。判決も毛沢東周恩来の指導のもと、死刑者を出さない寛大なもの。この老練な過程が、戦犯達の帰国後の日中友好活動(中帰連)の礎となっている。

(6)戦犯達の帰国のタイミングが「百花斉放・百家争鳴」時期であり、緩和期。翌1957年から反右派闘争から大躍進に向かう時期なので、戦犯にとって幸運であった。

(7)帰国後の中帰連の活動が、経済面・政治面について描かれ、日中共産党の対立や文化大革命を背景に分裂したこと。

(8)思想改造」が洗脳か、という問いに対し、著者は明確な見解を述べていない。ただカルト集団の洗脳とは異なるレベルの「学習」が行われた事実は否めないと思う。その過程での認罪の力は、その後の戦犯達の帰国後の活動・組織率をみると明かである。

 何よりもボクが感じたのは、「当時の」中国指導部の指導力の強さ。抑圧的な強権はさておき、将棋の何コマ先まで見据えた大きな戦略感、国家利益に資する手を打っているということ。道義的なadvanceを取る利。著者が締めに述べた「深謀遠慮」の深さ、である。短期的な利に目が眩み、大きく(今に至る)国家利益を失った戦前日本の指導部との対比に目眩がするのだ。そのような国と対峙しているのだ、歴史時代に入ってから。