Kanazawa Jazz Days

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Kanazawa Jazz Days

ジャズを中心としたレコード/CD、登山/渓流釣り/ランニング、金沢の日々の暮らし

富樫雅彦: We Now Create: Music For Strings, Winds And Percussions (1969) 肢体を限界まで動かしているときの音

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 先日届いたLPレコードを早速聴く。

以前からアップル・ミュージックで聴いていたのだけど、やはりレコードで聴きたい、要求が強かった。ようやく、1980年の再発盤ではあるが、入手することができた。

 やはりレコードで聴くと、特に富樫のドラムが明瞭で、嬉しい。実は1970年1月の「事故」で半身不随となる以前の富樫雅彦はあまりきちんと認識できていなくて、改めてその凄さ、を知ることができた。入り口が例のspriritual nature (1975)なので、比較的音の密度が薄く、間合い、で聴かせるような録音を聴いてきたから。この時代が腕2本での演奏。「事故」以前の演奏である、このアルバムを聴くと富樫雅彦が2人いて、多重録音しているようにすら感じる。つまり腕2本、脚2本の演奏なので、そのまま倍の音の密度になっている、ようにきこえている。

 とりわけ、A1、B2において、高柳昌行と競い合うように音空間を張り巡らすときの凄まじい集中力には驚いた。肢体が限界まで動いている。A2の高木のコーンパイプとの共演を聴いて感じたのは、米のリズム楽器としてのドラムでも、欧の打楽器(現代音楽的な)としてのドラムでもない、和楽器の太鼓のような響き。spriritual natureのような、あからさまなオリエタリズムではなくて、ヴァイタルに叩くドラムが控えめにそのように響いていることに驚いた。コーンパイプが祭りの笛のように感じた。彼らは狙っていない、と思うが。

 その後の欧州でのImprovised musicのように響くような場面もあり(B2)、同時代的・世界的に進撃してく奏者達の音の背景には何があった、のか興味深い。インターネットがない時代は、コンサートやレコードしか音を運ぶ手段はなく、またその速度は年単位で遅れる。何故、同時多発的であったのだろうか、興味は尽きない。

 

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富樫雅彦: We Now Create: Music For Strings, Winds And Percussions (1969, Victor)
A1. Variations On A Theme Of "Feed-Back" 11:52
A2. Invitation To "Corn Pipe" Dance 7:07
B1. Artistry In Percussions 9:20
B2. Fantasy For Strings 8:52
富樫雅彦(ds, perc), 高木元輝(ts, cornpipe), 高柳昌行(g), 吉沢元治(b, cello)
Producer: Fujiya Jimbo
Recorded 23 May, 1969. Originally released in September 1969.

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