Kanazawa Jazz Days

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ジャズを中心としたレコード/CD、登山/渓流釣り/ランニング、金沢の日々の暮らし

(ECM1028) Paul Motian: Conception Vessel (1972) 裏キース盤・モチアンのこと

  1972年11月のニューヨーク録音3つめ。連日の吹き込み。全て異なるスタジオ。奏者に馴染みがあるスタジオだろうか。これは、うまくECMの音になっている。やや奥行きの浅さ、は感じるが許容内。次の29番の録音を聴いてしまったので、欧州録音の奥行きと、音が全面に出てくる凄み、と比べるとなのだけど。

 このアルバムはB面のAACM系ヴァイオリン奏者のジェンキンスを除くと、当時のキース・ジャレットのバンドの奏者。タウナーの裏オレゴン盤(ECM1025)と同じく契約の問題じゃないだろうか。Vortex/Atlantic => Columbia=>Atlantiと自分のバンドのレコードを出していた時期だから。裏キース盤。ただし曲はモチアン作曲だから、モチアンのアルバムであるのは確か。感じとしてはキース・デジョネットのRutaや、その後のヘイデンのcloseness(シュナイダーがプロデュース)なんかと同じ空気感。彼ら3人(モチアン、キース、ヘイデン)、って上手く調和しているなあ、と思う。

 それにまさかサム・ブラウンをECMで聴くことができるとは思わなかった。Atlanticのバートン・ジャレット盤、Columbiaのキース盤で、およそ、その後のキースとは接点のなさそうなギターを弾いているのだけど、ここではしっかりECM的な、ミニ・タウナーなような感じだったり(A1)するので微笑ましい。その後の消息は分からないが。

 これがモチアン最初のアルバム、というのも驚いた。42歳くらい。晩年に行くほど、自己のバンドでのアルバムが増える、しかも新しくなっていく、という希有の奏者だと思う。このアルバムを聴いて、はっきり思うのは、彼は打楽器奏者であって、伝統的なジャズ・ドラマーと距離感があるのだなあ、と。このアルバムでは、その側面を強調して、うまくいっている。各奏者と室内楽的その意味でも、非伝統的な現代ジャズの起点、としての質を強く感じる。だから、36年前にはじめて聴いたときには、どうも好きになれなかった奏者だった、のだろう。キースのバンドでも、エヴァンスのトリオでも、何だかパサパサしたような感じで、ジャズのグルーヴ感に乏しい、ので。

 10年くらい前にヴィレッジ・ヴァンガードでElectric bebopバンドを聴いたとき、その音の在り方を聴いて、この奏者の意味をはじめて感じた、ような気がする。グループ表現そのものに力を注ぎ、そのなかで現代音楽との境界へヴェクトルが向いた打楽器を叩く、そんな感じかなあ。だから、ビル・エヴァンスのトリオが、現代ジャズへの進化(あるいは発散)の分岐点であるならば、その彼のドラムの意味は大きいなあ、と今更ながら、亡くなって3年半過ぎて、考えたりしている。

 このアルバムが出て42年。ECM全般に云えるのだが、その音に古さや隔たりを感じない、ということは既に40年、ジャンルとしての進化はなく、穏やかに拡散し続けている、ということを改めて認識しつつある。ボクが聴きはじめた1979年の42年前って、1937年。ベニーグッドマンのカーネギーホール。当時、遙か彼方の過去の音楽、だったからね。

工藤さんのブログ: http://jazz.txt-nifty.com/kudojazz/2005/07/conception-vess.html

 

[2013-8-16記事] 姿が見えぬ彼

 10年近く前、出張ついでに、いそいそとマンハッタンに出かけた。Village VanguardPaul Motianを聴くために。まだインターネット予約ができなかった頃だったので、電話で予約した時分。

 彼のバンドは二本のギターによる浮遊する音。捉え所のない、芯を見つけ難い音空間を延々聴いたような記憶がある。未だにギターの音の記憶はあるのだけど、どんなドラムだったか記憶がない。もっとも、その時は「あのVillage Vanguard」で「あのBill Evans Trio」のただ一人の生き残りを聴く感慨が強かったのだけど。

 だから、姿が見えぬ彼、というイメエジがポール・モチアンについてまわる。勿論、ただ一人の生き残りであった彼も鬼籍に入り、姿はもう見ることはできないのだけど、生きている頃からそんな気がする。

 この一月二月、一番聴いているドラマーはポール・モチアンビル・エヴァンスばかり聴いているからね。レコード盤を聴き終えると、ピアノの音に歓心が集まって、あとラファロやイスラエルのベースの音少々。やはり、モチアンの姿が見えないような気がする。初期のキース・ジャレットのバンドでのモチアンもそう。注意して聴くと、確かに絶妙なブラッシングが聴けたり、きちんとプレイしている。

 この初リーダ作を聴いてみても同じような印象。モチアンって、場を作るヒトで、彼が作った枠の中でゆったりと他の奏者を遊ばせるようなトコロがあるのかなあ、と思う。このアルバムを聴いていても、キースやヘイデンが気になったり、キースのバンドに一時在籍していたサム・ブラウンのギターが気になったり。モチアンのことが気にならない。

 だけど、彼の存在が無意味、と決して云っている訳ではない。彼が作った場、がある種のオトの匂いを持っている、ような気がする。Conception Vessel の音世界はあまり好みではないのだけど、Village Vanguardで聴いた音に近く、近年のビル・フリーゼルにも共通する浮遊感がある。ドラマーとしての姿を見せないのだけど、音場を作ってしまうような、不思議なヒトだったんだろうな、って今になって思った。

 

 

参考記事:

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[ECM1028] Paul Motian: Conception Vessel (1972)
A1. Georgian Bay (Paul Motian) 7:33
Paul Motian(perc), Sam Brown(g), Charlie Haden(b)
A2. Ch'i Energy (Paul Motian) 2:36
A3. Rebica (Paul Motian) 11:20
Paul Motian(perc), Sam Brown(g), Charlie Haden(b)
B1. Conception Vessel (Paul Motian) 7:49
Paul Motian(perc), Keith Jarrett(p)
B2. American Indian: Song Of Sitting Bull (Paul Motian) 2:44
Paul Motian(perc), Keith Jarrett(fl)
B3. Inspiration From A Vietnamese Lullaby (Paul Motian) 9:48
Paul Motian(perc), Leroy Jenkins(vln), Becky Friend(fl), Charlie Haden(b)

Design [Cover Design]: B & B Wojirsch
Photography By [Liner]: A. Raggenbass
Photography By [Cover]: Paul Motian
Engineer : George ("Rolling...") Klabin
Mixed By : M. Wieland
Percussion, Composed By, Photography By [Cover] –
Producer; Manfred Eicher
Released: 1973
Recorded on November 25, 26 1972 at Butterfly and Sound Ideas Studios, New York City.

どこかのジャズ喫茶の処分か? (451番お願いします、っていうのかな)

LC番号なし

Made in なし。オリジナル、のようだ