Kanazawa Jazz Days

Kanazawa Jazz Days

ジャズを中心としたレコード/CD、登山/渓流釣り/ランニング、金沢の日々の暮らし

つげ義春:流れ雲旅(1971,朝日ソノラマ)、稲垣足穂@赤尾照文堂(京都・河原町)


 若い頃、常に所在のない感じ、に襲われていた。居場所のなさ、の感覚に参っていた。寝ている間の夢のなかの居心地の良さに、それを日記のように書いてみると、記憶に強く定着し、一ヶ月もすると夢が夢でないような、現実感が沸き上がり、自分がどちら側の人間か、という感覚になった。怖くなってやめた。

 そんな頃に知ったのが、つげ義春。1960年代末期のガロに掲載された、ねじ式や、一連の旅モノ。自分の所在が確かめられないヒト、の世界。漂泊し、その緩く流れ去る時間のなかで過ごす。強く惹かれ、何冊かの本を手にとった。この本は、その中の一冊で、旺文社文庫から出ていた。

 昨日、京都・河原町の古書肆、赤尾照文堂に入った。はじめて。明治から昭和初期の木版画が多数置いてある美しい本屋。ゆっくり見てみたいと思う。

 単行本で、この本を見かけた。はじめて。何となく30年以上前の歪んだような時間、を想い出した。

 この本は3人の共著。つげ義春は絵、北井一夫は写真、大崎紀夫(朝日新聞社)が文章。3人で「つげ的な旅」の光景を書いている。宮本常一の「忘れられた日本人」、の世界。漂泊、そして世間から微妙にはみ出した周縁の世界。たぶんもうなくて、戦後20年で消えようとしている「あの世界」を微かに記録している本。つげの絵と北井の写真が見事に捉えている。つげは泥棒の家系と自ら述べたことがあるが、そう「外のヒト」、なのだ。だからこそ描くことができる「外の空気」がある。大崎の文章は新聞社の「内のヒト」が「外の世界」へとガイドされて行くような、何とも云えぬ心地悪さ、がある。1969年のコトバを薄っぺらく使っている、部分もある。体制、とかね。つげ、そして庶民の強さ、したたかさ、との微妙な位相ずれ。体制の外、あるいは体制・反体制にも巻き取られない、「外のヒト」の「外の世界」

恐山

北陸鉄道 白山下駅

氷見

四国・おへんろ

 

つげの本の横には稲垣足穂の本が何冊も。関学出身の彼は、宇治の禅寺で最期をむかえた。京都に縁のあるヒト、であることを想い出した。簡単に読めそうな2冊。すっかり気分よく、時間を過ごすことができた。