Kanazawa Jazz Days

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ジャズを中心としたレコード/CD、登山/渓流釣り/ランニング、金沢の日々の暮らし

山本剛:Misty(1974) 上手く誉められないのだけど、1/4世紀振りの再会

 上手く誉められないのだけど、山本剛のMistyはとても好きなレコード「だった」。キース・ジャレットを聴いたり、ビル・エヴァンスを聴いたり、レッド・ガーランドを聴いたりして感じる良さ、というものと随分隔たりがある良さ。ジャズという範疇で括られるのだけど、それはフォーマットの話しであって、型の上に載せられた音のcontexist(のようなもの)は海の向こうのモノではなくて、隣の酒場のものだった。これをはじめて聴いた30年前には分からなかった、この何か、が今ははっきり分かる。老けていく間に酒場も随分行ったしね、オトも随分聴いた。六本木のライヴハウスのピアノ奏者であった、ということが良く分かるような演奏。

 とりわけ、このレコードは1曲目のミスティのはじめの数秒で「名盤」(というより銘盤という感じ、美味しい清酒のようだから)であることが宣告される。古いオルゴールの蓋を開けたときのような、凍り付いた時間が溶け出すような感覚で、あの懐かしい音がゆっくり流れ出す。この仕掛け、を聴くだけで、ああ日本のジャズだよね、って嬉しさ。山本剛のピアノはとてもキュートで、ガーランド的なコロコロしたスイング・フォーマットのうえで日本の唄心が流れる、て感じ。分かるかな?当時のTBMのアルバムって録音は抜群にいいので、この溶け出した気分のままで気持ち良くA面を聴き終えてしまう。そしてその余韻で、今、文章を書いている。B面にひっくり返さなきゃ。

 ボクが持っているLPレコードは30年前に日本フォノグラムに移管されたTBMの廉価盤、当時1500円。立派なオリジナルじゃなくて、ペラペラジャケット。昨日の記事の後で何だけど、基本的にはオリジナル指向はないので、これで十分。実は1/4世紀振りの再会で、同じ廉価盤を最近入手した。全く同じ盤なので、25年振りに手元に返ってきたような感覚。

 25年前、ボクは横浜本牧ジャズ祭の運営ヴォランティアをやっていて、近藤等則を呼んだりして遊んでいた。そのなかで大切な仕事はチケットの店配布。湘南一帯のレコード屋やジャズ喫茶にポスターとチケットの店置きを頼んでいた。そのなかの一軒が北鎌倉の侘助。出身の京都のD大前にも同じ店があって、何となく気になる店だった。そこにチケットを届けるようになった。炎天下の7月、VT250Fに跨ってのチケット配布。最後は杉木立の円覚寺前にバイクを止めて、侘助に入ってお仕舞い。そんな夏を何回も繰り返していた。ある夏、店主(?)と話をしていたら、このミスティをもう一回聴きたい、という。その気持ちがとても良く分かったので、手持ちのレコードを後日届けた。そして、なんとなく(仕事に気持ちを集中したからだろうね)、その後に行っていない。貸したままになっていたのだ。

 昨夏にレコード熱に罹ってしまって、殆ど忘れていたことを思い出した。そんな訳で再び手にしたくなった、という訳。だから改めて聴いていると、脱色し熱気もなくなってしまった夏の記憶、においも無くなってしまった汗の感触とともに、蝉が鳴く山門のあたりの光景がオマケのように想い出されるのだ。でもコレって、このレコードくっついた荷札としては、案外相応しいもののように思えるのだけどね。

 

追記:何でミスティを取り上げたのかというと、2月に山本剛が金沢に来るから。もっきりやのスケジュールをみたら、あれまあ、ということで。

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山本剛:Misty(1974,TBM)
   A1. Misty
   A2. Blues
   A3. Yesterdays
   B1. Honey Suckle Rose
   B2. Smoke Gets In Your Eyes
   B3. I Don't Know What Time It Was
   B4. Angel Eyes
   山本剛(p),福井五十雄(b),小原哲次郎(ds)