Kanazawa Jazz Days

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ジャズを中心としたレコード/CD、登山/渓流釣り/ランニング、金沢の日々の暮らし

Arturo Benedetti Michelangeri: Ravel piano concerto in G (1958) あの一瞬を聴きたいがため


Arturo Benedetti Michelangeri: Ravel piano concerto in G (1958)

Rachmaninovの協奏曲とカップリング

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 あの一瞬を聴きたいがために買ったLPレコードがある。ミケランジェリラヴェル:協奏曲ト短調、第二楽章アダージョの真ん中あたりからの数分。ピアノの音が楽器のボディを失い、奏者の肉体からも離れ、いずことも分からぬ世界に浮遊する音となっている。ときとして強く安らぎ、そして感情が何処にに連れ去られるか分からぬ不安な気持ちを掻き立てる。マジカルな音とはこんな音だろうと思う。やがてゆっくりと地に降り立つ。今夜は繰り返し、LPレコードに針を下ろしている。

 無論、第三楽章での弾けるような、さりとて低い温度を維持した音の快感も素晴らしい。だけど、第二楽章の浮遊感で感じる戦慄は何とも形容しがたい。

 20世紀の早い時期にジャズの影響(といっても禍々しい新大陸のダンス音楽としてのジャズ)を受けたという、この曲そのものはあまり好きでない。第一楽章、第二楽章の終わり方がなんとも臭う。聴いていて恥ずかしくなってしまうのだ。だからクラシックの師匠に教えてもらって暫くは聴いていなかったくらい。でも気がつくと、それを差し引いても余りある、あの一瞬を聴きたいがためにCDだけじゃなくて、LPまで手に入れた次第。ドイツEMI製。

 だけど最近発売されたEMIのCD BOXで聴く同じ曲は、Amarraという再生SWを通してやると、より甘露な音となって迫り来る。だからクラシックでのLP蒐集熱が一気に下降しているのだ。もともと音質がよろしくない古い録音ということもあるのだけど。されどLPレコードのスクラッチの向こうに匂い立つミケランジェリのピアノを聴く愉悦。針が上がって、全てが終わったときの静寂に何を感じているのだろうか?

 ちなみに、映画ゴジラのテーマ、のようなフレーズが第三楽章のはじめにあるのは、クラシックご存じの方には有名なことだそうです。

youtubeでも、あの一瞬は楽しめますよ。