Kanazawa Jazz Days

Kanazawa Jazz Days

ジャズを中心としたレコード/CD、登山/渓流釣り/ランニング、金沢の日々の暮らし

Miles Davis: Agharta (1975) 踊れない異次元のファンクの躍動

Miles Davis: Agharta (1975, Columbia)
  Disc-1
    1. Prelude
    2. Maiysha
  Disc-2
    1. Interlude〜Theme From Jack Johnson
Miles Davis(tp,org), Sonny Fortune(as,ss,fl), Pete Cosey(g), Reggie Lucas(g), Michael Henderson(b), Al Foster(ds),Mtume(per)

 内省的な音楽はとても好きだけど、そんなのばかり聴いている訳ではない。野菜や魚ばかり食べている訳ではなくて、ときに血が滴る肉を食べてみたいと思うように、激しいファンクを聴いてみたい。だけどジョージ・クリントンだと胃にもたれそうなので、ジャズ好きのボクは1975年のマイルス・デイヴィス。中山本ですっかり有名になった時期の演奏だけど。

 ファンクは肉体的なアプローチで陶酔感に向かう形而下的な音楽だと思うのだけど、マイルス・デイヴィスの「ファンク」は踊れない異次元のファンク。その躍動は形而上的で肉体をすり抜けて精神の深いところを押し続ける。ファンクのフォーマットを借りたマイルスの音楽。

 マイケル・ヘンダーソンとレジー・ルーカスが刻む単純なリズムが好きだ。繰り返し繰り返されるパルス状の音の連鎖が軽いトリップ感を造り出す。そのうえで、おどろおどろしくマイルスやピート・コージーがブロウし続ける。「ファンク」のフォーマットが単純なリズムの繰り返し構造の正当性を主張する。

 ボクはLPレコードで聴いていたから、A面の最後のリズムパターンがフェードアウトしていく瞬間が好きだ。ヘンダーソンのチョップが何かが起こる予感を沸き立てながら、だから。この音楽には終わりがなくて、全てがフェード・アウトだ。だから、はじまりも終わりのない不思議な音の円環のなかにいるような感覚。

 1979年にジャズを聴きはじめたときに、この1975年大阪フェスティバルホールでのライヴを最後にマイルス・デイヴィスもフェード・アウトしていた。厳しい不連続のなかにボクたちはいた。とても長い時間だったような気がする。新しいアルバムを持って彼が復帰するまで。それから彼が再びフェード・アウト、永久の、のなかに消えるまでは瞬く間だったのだけどね。

追記:

このアルバムとパンゲアCBSソニーの作成。ジャケットは横尾忠則。時代の空気がたっぷりと吹き込まれている。これらのアルバムは何故か米国では発売されていなかった。日本のみ。この時期のマイルス・デイビスの「ファンク」に対する否定的な評価を物語るのではないか。当時のジャズ喫茶でも、リクエストすると随分嫌われた記憶がある。