Kanazawa Jazz Days

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ジャズを中心としたレコード/CD、登山/渓流釣り/ランニング、金沢の日々の暮らし

フォスコ・マライーニ:ヒマラヤの真珠(1943年) ,海女の島:舳倉島 (1964年) 失われたアジアの楽園


フォスコ・マライーニ著,牧野文子訳 海女の島:舳倉島 (1964年) の裏表紙(目次)

フォスコ・マライーニという知日家のイタリア人学者がおられた.5年ほど前に91歳で亡くなった文化人類学者,登山家である.山の本などを蒐集すると,少しひかかってくるので,知っておられる方も少なからずおられると思う.戦前,当時の中華民国から半独立状態のチベットに入ったり,北大で教鞭をとったり幅広い活動をされている.随分前から気になっていて,古本屋で見かけたら入手するようにしている.以下の本は,ともに失われていく民族・民俗を詩的な文章で綴った愛すべき文集で,牧野文子の訳.牧野文子の夫は広辞苑の細密絵を描いた画家:牧野四子吉,だそうだ.

両方ともに適当に開いて,適当に読んでいるので,読み終えた感じがないのだが,そんな読み方が楽しい本.


(1)ヒマラヤの真珠(1943年)
いまはなきヒマラヤの小王国シッキムの滞在記.シッキムは紅茶で有名なダージリンの奥.未だチベットが共産化される前の時代,すなわち南向きに国境が解放されていた時代の記録.ダージリンからシッキムは,チベット ラサに至る交易路.そのチベット仏教の王国の様子が美しく書かれている.この国の原住民族が活発でなく,国境を開き,ネパール系住民(ヒンドゥ教徒)を受入れたため,少数に転落し始めた頃の話が書かれている.この本が出版されてから30年あと,この国の原住民は少数派となり,結局,インドに併呑され,失われた国となった.戦後,中根千枝氏も訪問し,王族との交流を通じ,その牧歌的な愛すべき国を描いている.暖かな筆致で綴られる滞在記は,結果的には失われてしまった楽園の挽歌となっている.



(2)海女の島:舳倉島 (1964年)

日本の習俗についての著者の関心のひとつに海女,があった.この本は能登 輪島沖の舳倉島の海女を描いたもの.これは眼を通し始めたところだが,裏表紙の目次をみても,その雰囲気はわかる.近代化とともに失われて行った神々 しい野生への讃歌・挽歌,といった趣.三島由紀夫の潮騒と通じるような感じ.表紙をみてわかるように,高々50年くらいまえの日本の日本とは思えない,朗らかな民の世界が垣間見える.


amazonみていると,フォスコ・マライーニの新しい本「随筆日本 イタリア人の見た昭和の日本」が出版されたようで喜ばしい.”昭和のラフカディオハーン”が描いたような本ではないか,と思うが高価でなかなか手が出ないのである.