Kanazawa Jazz Days

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Kanazawa Jazz Days

ジャズを中心としたレコード/CD、登山/渓流釣り/ランニング、金沢の日々の暮らし

つげ義春全集(1993年、筑摩書房)ゐきているつげ義春

はじめて読んだのは1984年頃だったように思う。ねじ式を読んで、くらっときた。脳内記憶では、ツゴイネルワイゼンと同じようなアドレスに刻まれている。当時、網羅的に彼の作品を読むことは難しく、初期の作品は入手難の北冬書房の全集を僅かに入手して読ん…

田中啓文: 聴いたら危険! ジャズ入門 (2012, アスキー新書) 読んだらもっと危険

大阪への出張途中で読んだ。この1年くらいFree系の奏者はマメにフォローし、30年以上の空白を埋めつつあるような感覚だった。しかし、それが大いなる誤解だということが分かった。 実に面白い本で嗜好も、ノイズ系を除き、かなりフィットする絶好のガイド本…

井上雪:金沢の風習(1978)もう消えてしまった時代の匂い、見えない金沢

小松の空港で時間があったら、本の販売コーナーに行く。地元の本を手に取る。昭和53年の本が復刻されていて、頁をめくると40年近く前、ボクにとっては身近な時代の写真から、子供の頃の日本、それも地方都市での生活が浮き上がる。気持ちの中では、指呼の間…

白石勝彦:イワナの顔(1993)在来種を求めて

白石勝彦の本は面白い。最近になって復刊された「大イワナの滝壺」は、意識を山から渓に移す契機となった。山の先にある渓流の魅力。冒険的源流行の本。 大イワナの滝壺 (ヤマケイ文庫) 作者: 白石勝彦 出版社/メーカー: 山と渓谷社 発売日: 2014/04/25 メデ…

River-Walk あの時間を思い出すタネがあれば嬉しい時季、にかなった雑誌

新しい渓流釣りの雑誌が出たので、通販で購入した。 RIVER‐WALK First Issue 出版社/メーカー: RIVER‐WALK 発売日: 2016/09 メディア: ムック この商品を含むブログを見る 10月から2月の禁漁の間、何となくほっとしたような、寂しいような無聊の時間を過ご…

山本素石: 山釣り(ヤマケイ文庫)

以前、釣り人でもある杜氏のIさんに勧められた山本素石なのだけど、すぐには手が出ていなくて、近刊の文庫で入手。実に面白い。関西へ法事で出かける車中で読み終えた。 山釣り (ヤマケイ文庫) 作者: 山本素石 出版社/メーカー: 山と渓谷社 発売日: 2016/09/…

山出保:金沢らしさとは何か (2015) 専門職の矜持

小松空港には小さな本屋がある。そこには地方出版社の本が沢山あって、旅行者に提供している。ボクはそこを眺めるのが好きで、時々、気になる本を入手する。他の街に行ったときもそうだ。 何ヶ月か前に入手した本が、山出 元金沢市長を囲む座談会の記録。実…

子供の頃の違和感(鬼太郎夜話)

先日、何かの拍子に「ゲゲゲの鬼太郎」以前の鬼太郎の話になった。子供の頃の漫画本の鬼太郎は墓場鬼太郎であって、あまり正義の味方のような脱色したものでなく、シニカルな際どい存在。面白かった記憶がある。いつからか「ゲゲゲの鬼太郎」になって、まあ…

原武史:滝山コミューン 一九七四(2007、講談社) 痛みのある記憶

1962年生まれの原武史が、東京近郊の滝山団地で過ごした小学生時代に、学校で体験した「学級作り」の記憶を綴ったもの。ソ連の集団主義教育の導入研究を行っていた「全国生活指導研究協議会(全生研)」の影響が、小学生の視点(の形)で語られる。その細か…

工藤隆: 古事記誕生 (中公新書, 2012) 今につながる古代王権の在り様

この夏読んだ本。 この本全体としては、古事記の「点としての誕生(712年に成立したこと)」、「線としての誕生(縄文・弥生の無文字時代の遺風)」に分けて論じている。「点としての誕生」については、偽書説(成立年代の見直し含め)に対する反証について…

講談社現代新書他のKindle本が大幅OFF+40%ポイントバック、で音楽本を

ネットで、講談社現代新書他のKindle本が大幅OFF+40%ポイントバックの情報を知った。かなり紙の本へのこだわりは強いのだけど、音楽本はKindleで良いのでは、と思っている。 その理由は利便性。特にディスクガイドについては、レコード屋で見たい要求がある…

畑村洋太郎:技術大国幻想の終わり これが日本の生きる道 (2015、講談社現代新書) 技術大国、であったか?

技術大国幻想の終わり これが日本の生きる道 (講談社現代新書) 作者: 畑村洋太郎 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2015/06/18 メディア: 新書 この商品を含むブログ (5件) を見る ボクは電気系の技術者であり、先端的な技術、製品に関わった過去、から感じ…

小島 剛一 : トルコのもう一つの顔 (1991, 中公新書) 帝国の残滓、そして正義という思考の退行

本書は「親日国トルコ」の暗部を率直に語るもの、である。先般のクーデターを含め、トルコを突き動かす内面(内なる民族のモザイク)が描かれている。 著者がまさに「知的好奇心」と「トルコ人の心性」に惚れ込み、トルコの全土を歩き、その言語状況を体得し…

米田一彦:山でクマに合う方法 (1996、山と渓谷社) 本の話、というより

先週、高熱でダウンしてから静養が続いている。久しぶりに本を沢山読んだのでメモ。 石川県の山や渓谷を歩いていると、すぐ近くに獣がいる、と感じることが多い。カモシカ、鹿、猪、猿、狸、そして熊。自宅から僅か10km圏内に全て揃っている。やはり熊との遭…

楊海英: 日本陸軍とモンゴル (2016, 中公新書) 中国というシステムの外縁に生きる

日本陸軍とモンゴル - 興安軍官学校の知られざる戦い (中公新書) 作者: 楊海英 出版社/メーカー: 中央公論新社 発売日: 2015/11/21 メディア: 新書 この商品を含むブログ (3件) を見る 楊海英は内蒙古出身のモンゴル人。日本に帰化した文化人類学者。膨張す…

中原中也をめぐる本:長谷川泰子「ゆきてかへらぬ」,永井叔「大空詩人」

永井叔 青空は限りなく(1972) 大空詩人(1970) 長谷川泰子 ゆきてかへらぬ(1974) 永井叔の若い時分の写真は男前なのだが,長い漂泊生活が作り出した面白い人物の様子が表紙からも伝わる.本の内容もとてもヘンな感じなのである.比べると長谷川泰子は普…

久しぶりの古書店(オヨヨ書林せせらぎ通り店)、そして高畑棟材「山を行く」のこと

香林坊の宴席を引いて、まだ明るかったので、古本を眺めにでかけた。街中を歩くのは本当に久しぶりなので、古書店も。 眼の衰えで読書欲が低調だったのだけど、少し復活気味。読みたいと思う本が手頃な価格で並んでいるので、大好きな本屋だ。 つい、今回も…

北八ヶ岳の本のこと

神奈川県に住んでいた頃は、八ヶ岳が大好きで、良く出かけた。神奈川県民にとっての「近くてよい山(谷川岳をそのように云ったのは大島亮吉だったか)」じゃなかろうか。八ヶ岳についての良書もいろいろあるが、北ハッについては、やはり「山口耀久:北ハッ…

田村隆一の本ほか

先日、ジャズ記事がオモシロイ(と云うか、関心が随分と重なる)ブログを拝見していて、菊地雅章、浅川マキのほか、田村隆一まで出てきてタマげた。 田村隆一『自伝からはじまる70章』に歌舞伎町ナルシスのことが書かれていた 彼は、大船に住んでいた1980年…

服部文祥:サバイバル登山家(2006、みすず書房)題名の怪しさはともかく

この本が出版されたときは、まだ前職で多忙な頃。気晴らしに山の本を集めていた。茗渓堂にもよく行った、ディスクユニオンよりは。山登りの代償行為だった、と思う。仕事を変えて、山登りを再開した頃から、山の本はあまり必要なくなった。深夜、書庫で密か…

Kindle paperwhite: 本を読むということ

ボクにとって本を読むということは、紙の質感を掌の中で感じる、ようなもので、電子本は全く馴染まない。そもそもが検索性が悪い(斜め読みができない)。 ボクの習慣の一つに、旅行(全てが仕事だけど)に本を沢山持って行くこと、がある。読みたい本が手元…

田中康弘:山怪 山人が語る不思議な話(2015) 森への畏れ

1週間ほど前、FBの広告欄に出てきてから気になっていた本。あまり怪談には興味が無い(子供の頃は怖かったが、どうも、そのようなものを感じる感性がない、と分かったので)のだけど、レビュー(だったかな)に「現代の遠野物語」とあったので、眼を引いて…

水野和夫:資本主義の終焉と歴史の危機(2014) 資本主義の実相

読書の秋。この本は面白かった。ゼロ金利状態が先進国に先駆けて突入した日本。そのゼロ金利の意味を、長い歴史の中で「資本主義の終焉」と位置付けている。そのメタ現代へ最初に日本が突入しつつある、という話。ゼロ金利は資本主義が利潤を得ることができ…

石川九楊:日本語とはどういう言語か(講談社学術文庫) 日本ということの古に思う

普段、日本語を使って仕事をしている。技術者ではあるけど、書くことはとても重要で、考えていることを論理とし、場合によっては学術誌や本の形で出版する。技術者ではあるのだけど、書き手、であるという意識も幾ばくかはある。その中で気がついたことは、…

出先で手にした本(金沢・味の四季、神隠し、石川県の歴史散歩)

どこか出かけたときに入るのは本屋、古書店、レコード屋。これは何処に行っても変わらない。そこで時間を過ごす。そんなの、何処へ行ったって同じじゃないか、と思うかもしれないのだけど、微妙に店の匂い、それは物理的な匂いではなくて、周囲の環境や気候…

ハービー・ハンコック自伝(2015,DU books) いつしか黄昏のなかに

ジャズを聴くということは、あの世に消えていく奏者を送り続けること、のように思えることがある。聴き始めの1980年頃には1920年代に活躍した奏者が結構健在だったが、次々に鬼籍に入った。ライオネル・ハンプトン、ベニー・カーター、ベニー・グッドマン。…

国土地理院地図サイト、雑誌「山と釣り」のこと

渓流釣りの面白さ、は「山遊び要素」の面白さと「釣り要素」の面白さの混合。その配分比率が行き先、によって異なる。やはり、「山遊び要素」も大切で、そんな場所に独りで入り込むのは楽しい。倉谷に行って、改めて思った。登山道よりも、整備されてない川…

つげ義春:流れ雲旅(1971,朝日ソノラマ)、稲垣足穂@赤尾照文堂(京都・河原町)

若い頃、常に所在のない感じ、に襲われていた。居場所のなさ、の感覚に参っていた。寝ている間の夢のなかの居心地の良さに、それを日記のように書いてみると、記憶に強く定着し、一ヶ月もすると夢が夢でないような、現実感が沸き上がり、自分がどちら側の人…

田村隆一:1999(1998、集英社)21世紀を見なかった彼からの、ボクへのオマージュ

大分前のことだけど、三宮を歩いていた。懐かしい古書店に入ると、この本が眼に入った。 いつ彼がこの世から去ったのだろうか、そんなことも知らずにいたのだけど、その名前を見ているとあの場所に住んでいた30年前の頃を想い出す。 湾曲する浜辺を見下ろす…

ありがとう・さようなら茗渓堂

ボクが大船に住んでいる頃、随分、山に登った。20代から30代中頃まで。そのあと関西に転勤し、山から遠のいた。親しんだ八ヶ岳、南北アルプスは彼方のように感じたし、何より仕事が忙しく、恐ろしく予定が組み難かった。 山に登らなくなった頃、随分と山の本…

旦敬介:旅立つ理由(2013、岩波)ただ本であることの価値

時として、モノゴトに意味を見出し過ぎること、に疲れる。仕事だけでなく、ヒトと会ったり、音楽を聴いたり、本を読んだり、体を動かし、時間を使うことの「意味」を考えている自分に気がつくことがある。そんな僅かな疲れが積み重なって、意味もなく酒を呑…

楊海英:中国とモンゴルのはざまで―ウラーンフーの実らなかった民族自決の夢 (2013,岩波) 文革期の記憶

先の大地震後、自らの意見(あるいは思想)と合わない言説を持つ学者に対し、「御用学者」と攻撃する風潮に戦慄した。古くは、政府の日露講和に激高した民衆が起こした日比谷事件のなかで「御用新聞」として焼き討ちされた国民新聞社、あるいは政敵・知識階…

都出比呂志:古代国家はいつ成立したか (2011,岩波) 考古学からみえる古代

長い移動を伴う出張は辛い。が、本をじっくり読めるのが嬉しい。

羽原 又吉:漂海民 (1963、岩波) 境界のない時代への想像力

ボク達には重篤な思い込み、あるいは思い違い、がある。古の頃、多くの人々は土地に縛られ、そしてその行動範囲はとても狭く、異境を知らずに果てていった、と。 確かにそのような人々は多かったことには違いないのだけど、この本を読むと、かような考えと全…

鈴木清順:孤愁(1980、北冬書房)美貌ということじゃないが小粋な

本に惹かれるときがある。それも記述に惹かれるのではない、外装に惹かれるときが。そして眼に映る姿は、美貌ということじゃないが小粋な感じ(カジュアルという言葉では気分が出ない)が良かったりする。 先日、馴染みのバアの周年記念があり、沢山のヒトが…

休日の金沢散歩と古書(オヨヨ書林せせらぎ通り店)

オヨヨ書林せせらぎ通り店で入手した本 上田正昭:日本の原像、マンディアルグ:みだらな扉、澁澤龍彦:玩具草紙、滞欧日記、種村季弘:澁澤さん家で午後五時にお茶を、古書手帳 それと、隣でパンも

車谷長𠮷:贋世捨人(2002,新潮社)純度の高い感情が汚泥と紙一重、という面白さ

この車谷長𠮷の本は、つい最近、書棚から取り出して、近所のNちゃんに貸したもの。「ヘン好き」だから、「コレ」かなって選択。それを機に、10年ぶりに再読した。内容はまるで忘れていて、強烈なエグ味だけ覚えていた。

村上春樹:走ることについて 語るときに 僕の語ること(2007、文藝春秋)を再び読む

昨年だったか、丁寧に老眼を補正するレンズを作ってもらい、新しい土地での新しい仕事にも慣れた、そんな時分から少しずつ本を手に取る時間が伸びている。

仙台・片平から一番町のあたり

仙台・東北大には年に一回は出かける。その界隈、片平から一番町のあたりは寂れず・賑わずという感じで、(ボクにとって)とても好きな街角。金沢にはない空気が漂っていて、市内から美大以外を追い出した(かどうかは知らないけど)街と、徒歩圏内に大学を…

山口果林:安部公房とわたし(2013,講談社)遠い過去になってしまった作家の記憶を呼び覚ますのか

タイに来ても、別にすることがないので朝ビールで読書三昧。時間のネジが緩んでいるので、とてもモノゴトがゆっくりと動いている。割り切って、Do nothingという時間の過ごし方を楽しんでいる。 成田の国内線ターミナルから国際線のイミグレーションを抜けた…

添田知道「演歌師の生活」(1967、雄山閣)お盆に読んだ本

お盆は読書三昧。とはいえ、すっかり遅読で沢山は読めない。これは読了した一冊。(本に集中するため、blog/SNSは控えてました) 子供の頃、「明治100年」という行事があった。1868年の明治元年から数えて100年。戦後の復興期から高度経済成長に転じた昇り調…

京都・寺町二条「三月書房」書籍のミクロ・コスモス

はじめて入った本屋が寺町二条の三月書房。

山の画文集というジャンル

山狂い、のような日々。お陰様でLPレコード狂いは一段落。 10日ほど前に北アルプスの入門コースである合戦尾根に出かけた。東京のSさんパーティと一緒。独りの時は黙々と距離を稼ぐのだけど、他愛もないことを喋りながら登る山も、そんな機会はあまりないの…

加藤泰三:霧の山稜(1941、朋文堂)夜半過ぎにそっと山を感じたいときは

美しい装丁の本。昭和16年、果ての見えない日中戦争の打開のために破滅的な南方進出をはじめた頃、対米宣戦布告のわずか3ヶ月前に出版された本。美術教師であった著者の最初で最後の本*。彼は昭和19年、南方で散華した。雪山が好きで、本の装丁にスキーシ…

森茉莉:戀人たちの森(1961)ほか、春の慶事のあと(オヨヨ書林で買った本)

春の山並みが好きだ。30年程前に行った高山から見た飛騨山脈、鬼無里から小谷に抜ける峠からみた白馬、小淵沢あたりから見る八ヶ岳や甲斐駒、春霞の向こうに手が届きそうにないような感じで聳える白嶺。今の住処のあたりも、部屋から見る県境の山並みも好…

澁澤龍彦:ねむり姫(1983、河出書房新社)死と生の垣根が払われた後、そして古書の余録

先週の土曜日にオヨヨ書林で求めた古書。澁澤龍彦の名前って、子供の頃の裁判沙汰もあって、なんとなくエロのイメエジがある。高丘親王航海記は随分前に読んだのだけど、その他はつい最近。トシをとってきて実感してきたことは、死と生の間には相応の距離感…

金澤・長町「オヨヨ書林せせらぎ通り店」 内田百けん*全集を手にした

長雨の後、土曜の宵時分にようやく上がった。少し体を動かす代わりに自転車で用事を片付けついでに、泉野の隘路をぐるぐると走った。そして櫻坂を下りようか、蛤坂を下りようか、少し考えたのだけど、旧い往還の空気を感じたかったので、鶴来街道を上って蛤…

金沢:駅の古書店(Duckbillの本)旅を重たいものにしてしまう

今週は仕事で東京スタートし名古屋へ。一旦、金沢に戻ってから大阪へ。あまり社交的でない(典型的な)技術屋には不向きな営業のような仕事が続いた。まあ、大阪城公園横の宿でのんびりする朝は悪くないのだけど。 今回のように鉄道を使って仕事に出る時、空…

岡本綺堂:三浦老人昔話(中公文庫) 薫りたつ江戸の奇譚集

出版社の惹句は「死んでもいいから背中に刺青を入れてくれと懇願する若者、置いてけ堀の怪談――岡っ引き半七の友人、三浦老人が語る奇譚の数々」。 ボクは本を読んで惹き込まれるとき、それが懐古的な感情、ノスタルジアにより喚起されることが多いように思え…

国本昭二:サカロジー 金沢の坂(2007, 時鐘舎)ボクの金沢ガイドブック

幾つか金沢の本を買ったのだけど、一番手にしたのが亡き国本昭二が書かれた「サカロジー:金沢の坂」。