Kanazawa Jazz Days

Kanazawa Jazz Days

ジャズを中心としたレコード/CD、登山/渓流釣り/ランニング、金沢の日々の暮らし

Audirvana Plus 3の単独動作で音が良くなるか 

金沢に帰ってきたら、勿論、音響装置に灯入れ。掃除、洗濯をしながらなので、ディジタルオーディオ。しかし、(前からたまにあったが)iTunesとの同期不良で動かない。

ファイルシステムとしてのiTunesの使いやすさから、iTunesとの同期動作としてる。しかし、再生しない、あるいは曲の連続再生をしない、などの動作不良があり、それなりにストレス。再起動などで復旧。

今回もその症状ではあるが、なかなか復旧しない。そこで、Audirvana Plus 3の単独動作モードに切り換えた。勿論、動作はスムーズで、アルバム探しが面倒なだけ。閲覧性が極端に悪い。iTunesもアルバム名の検索システムとして動作させ、なんとか。

気がついたのは、音質の改善。膜が一枚はがれたように思うが、どうだろうか。気のせいだろうか?

さて単独動作の場合の設定は、以下のとおり:

(1)iTunesとの連携解除

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(2)Audirvana Plus 3のファイルデータを常にiTunesと同期させると、それなりに便利。ただし、アルバム数が多いとかなり時間がかかる。約5000CDで1時間以上かかった。また、一発でアルバム読み込みが(何故か)完了しないので、何回もSYNCをクリックしないといけないのは面倒。

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(3)表示はこんな感じ。

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やっと金沢に帰ってきた

実に3週間以上にわたり、動き続けた。出張から出張へ。

金沢=>成田=>ホノルル(6日)=>成田=>金沢=>小田原(日帰り)=>金沢=>七尾(日帰り)=>東京(宿泊)=>ハノイ(2日)=>バンコク(4日)=>東京=>金沢=>東京(宿泊)=>金沢(36時間)=>豊橋(2日)=>名古屋(半日)=>浜松(半日)=>豊橋(1日)=>(京都/寝過ごし)=>金沢 

その少し前には台北に行っていたので、実に移動ばかり。

長いロードで、途中戻った金沢には最長36時間の滞在。洗濯だけ。

これから金沢でゆっくりと、仕事・遊び、思っているが、どうだろうか? 

これだけ動き続けたのは初めてじゃないかなあ。前職で一ヶ月に2回、米東海岸に出張したことがあるが、もう少し、楽だったような気がする。

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ホノルルでは、まだまだ余裕だったが

 

Misha Mengelberg, Han Bennink: Einepartietischtennis (1974) 不在であるが故に際立つビート感

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昨日、21世紀美術館の館長だった秋元さんの本を取り上げたのだけど、面白かったのは金沢の人を「現代アート」への入り口へ誘導する仕掛け、のような話。要は、そのようなものの有り様を空間・時間を含め、共有させる仕掛け、である。

 Free musicの入り口も同じ、だと思う。大阪のインタープレーハチで山下洋輔がアップライトのピアノを叩きつける姿、飛ぶ汗、を間近に見て、近藤等則ホイジンガーが楽器を放り出す瞬間を眺め、ベニンクが植木鋏で完璧なタイムをとるのを大笑いして見た、そのような時間・空間とともに、音も官能のなかに沈み込んでいく。そんなことを愉しむ脳内回廊も、栄養補給をしないと枯れる。就職で仕事に集中して以降、数年で見事に関心も雲散霧消した。面白かったことすら忘れた。

奇しくも、秋元さんが館長だった頃、21世紀美術館の地下のギャラリーで行われたエヴァン・パーカーのソロを聴いて、不通となっていた回廊が再び開いた、そのような感覚が21世紀美術館の体験として刻まれている、それが可笑しい。

 

このアルバムは彼らがベルリンで行ったコンサートの記録。ドルフィーのLast Dateから10年だ。ベルリンだからブレッツマンも関与していて、ICP/FMPの共同プロデュースになっている。

creditを見てわかるように、ベニンクは多楽器。二人は遊ぶ、遊ぶ。様々な音を出すのだけど、結局のところ、彼らの魅力”溢れ出るタイム感覚”、が堪能できる。勿論、Last Dateの主役でもある(とボクは思っている)彼らのビートを正のヴェクトルで聴く、それも素晴らしい。それだけでなく、そのビートから逸脱しようとする負のヴェクトルから沸き立つ諧謔、あるいは不在であるが故に際立つビート感、そんな瞬間に感じる愉悦。それが本当に気持ちいい。

ボクはBandcampで購入したダウンロード音源を聴いているが、実に音がクリア。実は出張中なのでPCで聴いているが、音質の良さを強く感じる。帰宅が楽しみ。

このような愉しい1970年代のICPやFMPの記録が、視聴機能とともにBandcampにアップされている。素晴らしい。セシル・テイラー、ブレッツマンなんかの音源が大量にあって、目眩もの、である。

 

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Misha Mengelberg, Han Bennink: Einepartietischtennis (1974, FMP/ICP)
A. Eine Flasche Für Die Lola (Misha Mengelberg) 19:28
B1. Einepartietischtennis (Han Bennink) 12:08
B2. Vögeln (Han Bennink) 10:20
Coverdesign: Han Bennink
Misha Mengelberg(p, vo), Han Bennink(ds, cymbal, tp, performer, saw, wind (birds decoys) voice, vibrapan)
engineer: Jost Gebers
photograph: P Brötzmann
Recorded live by Jost Gebers on May 12th, 1974, at the Quartier Latin in Berlin.

名古屋・袋町のあたり

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袋町という通りに宿をとった。繊維街。まだあるんだ。福井に住んでいた頃、呉服町なんかがあって、衣類の商店で活気を帯びていた。今は清閑な感じで、ポッカリと穴が空いたようだ。それでも、岐阜駅前や、この通りのように残っている繊維街を見ると、ぼっと昭和40年代を思い出す。

小学校の中学年の頃、ニクソンショックとともに急激な円高新興国的な経済環境から放り出され、雑貨や繊維といった軽工業の生産地が、香港や韓国へ移転しはじめる、まさにそんな頃。

福井の借家の近所は機屋。朝から晩まで、ガシガシと音を立て、何かを織っていた。そんな地域であったが、記憶に残るのは織機のうちこわしのニュース。補助金による生産調整のため、不要になった織機を大きなハンマーで打ちこわすのだ。そして厳しい表情の生産者がアップで映る。そんな1970年代はじめを思い出す。

今、電機産業が不調ではあるが、そうやって幾度の産業構造の調整をくぐっているのだ。問題は電機産業の不調ではない。その先に新しい産業、新しい希望が見え辛いことにある。病理、のような暗い影を感じることが問題なのだ。

秋元雄史:おどろきの金沢(2017)まんまと釣り上げられた

 

おどろきの金沢 (講談社+α新書)

おどろきの金沢 (講談社+α新書)

 

ボクは金沢に住んでいるが、金沢の人間でない。大阪からやってきた。

ココで云う金沢とは、城下のことであり、そもそも現住地は金沢城下から外れた丘陵地。金沢市であっても、多分、金沢からは外れる。そのような狭く、また深い場所にあるのが金沢、に違いない。ボクには見えないし、知らない場所。まあ、知る必要もないが。

そのような金沢の中心地に入った東京人の話、が、この本の装いで、スパイスのようなもの。彼から見た金沢は、ボクが見たことのない金沢。その金沢話が実に面白い。だから味付けが美味しく、サクサク読むことができる。出張の移動中に読み終えた。あっと云う間。

ボクも8年くらい金沢に住んでいるが、未だほとんど金沢の人との接触はない、あるいは薄い。少し話しをする「地元」の人は、小松だったり加賀だったり能登。ニアミスで城下から外れた人。全くゼロではないが、彼らは何処に隠れているのだろうか?

普段からそう思うことが多いので、知らない金沢城下の様子を教えてもらったような感じ。

そんな表層的な話はともかく、この本が魅力的なのは、巧妙な「現代アート」解説本になっていること。作家の紹介でも作品の紹介でもない。しかし、金沢というものに我々の保守的な感覚を代表させ、「現代アート」の意味を著者の肉体的な動き、のなかで知らずの内に擦り込む、サブリミナル的な本じゃなかろうか。さらには彼が推進する工芸についても。そんな意味で、金沢という奇妙な容れ物を使って、現代アートや工芸を美味く収納した初心者ガイドブック。

ボクは21世紀美術館現代アート」には違和感が強い。だから実はあまり出かけることはなかった。ボストン、シカゴ、ニューヨークなどの美術館でmodern art(主には絵画)なんかは楽しめるのだけど。金沢では、展示物のcontextのようなものが、すっと入ってこなかった。それが一回目の出会いで、だからその後、展示はあまり見ていない。

 最近聴いているimprovised musicの類い、を聴いていて思うことは、あの無機的とも云える音、人によっては間違いなく雑音、が音ととしての面白みに(自分のなかで)変容するのは、音が含む様々なcontextが何かの契機で飛び出し、自分の脳内を駆け巡る瞬間。概して、CDでは分からなくて、目の前の奏者と空間・時間を共有して、そのcontextを知る、ような感じ。一旦、それを知るとCDを聴いても、なんとなく分かるのである。

この本が教えることは、現代アートもまさにそのような現代音楽(広義の、improvised musicなどジャズ起源も含め)と同じ特性を持っていて、観る側の体験、とより深い関わり、 を志向している、と理解した。

この本で知ったことは、彼らが指し示す現代アート」は、美麗なカタログから飛び出して壁に張り付いている二次元的な絵画ではなく、作家の営みとの関わりで、時間や空間を含有したもの。だから、さらにそのような「現代アート」を如何に、美術館(それがハードではなくソフトである、ということも知った)という形にコンパイルするか、そのあたりの奮闘が実に面白かった。

結論として、何となく現代アート」に触れてみようか、と思ったところが、作者の罠であることに、後で気がついた。しまった。金沢はあくまで疑似餌。まんまと釣り上げられた、という気分になった。作者は渓流釣りの名手、でもあるのだ。

ついでに書くと、このような釣りの名手を釣り上げて、養殖してしまった金沢の(当時の)山出保市長という豪腕への、楽しいオマージュの本でもある。

追記:

本人の写真がアチコチに掲載されると事前に知り、作家の五木某のような自己陶酔形(遠いトコロを眺める横顔、)のポートレートかと思い、楽しみにしていたが、どれもいつものとおりの姿であった。

 

菊地雅章:Love Song (1995) おしまいもはじまりもない

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おしまいもはじまりもない語り、を聴いているような気分だ。時間すら、止まってしまいそうな、柔らかな空間のなかにある。他のソロ、特に最晩年の黒いオルフェと比べると、やや音が暖かい。包み込むような優しさがある、ように感じる。

 確かに、モンクのように寡黙であり、また音と音の間が饒舌である。しかし打鍵の柔らかさ、が際だって違うように思う。というか、音数が似ているだけ、のようにも思える。

ファンクをやっている時だって、結局のところ、寡黙であり饒舌である、そんな矛盾した印象を与える、不思議な奏者であることが異彩であり、魅力なのだと思っている。

LOVE SONG

LOVE SONG

 

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菊地雅章:Love Song (1995, Media ring)
1. In Love In Vain
2. Incurably Romantic
3. So In Love
4. Someday My Prince Will Come
5. Stella By Starlight
6. The Man I Love
7. Only The Lonely
8. Love Song

 

全日本レコード&CDサマー・カーニバル@名古屋(バナナレコード・ジャズ・シンジーケート横)

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今日は豊橋で仕事をしたあと、午後遅くに名古屋に移動。予定していた打ち合わせが、キャンセルになり、ホテルで休憩。その後、お決まりの「バナナレコード・ジャズ・シンジーケート」へ。

ところが、その奥が賑やか。レコードが見える。レコードの販売会であった。やれやれ。

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もう随分と、この手の会には行っていない。疲れるし、面倒。でも結局、吸い込まれたのであった。

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左二枚はバナナ。TBMで数少ない外タレ。マンゲルスドルフのライヴ。それと鈴木勲のピアノトリオ。右上はどの店か思い出せないが、山下洋輔ロイディンゲルのデュオ、Enja盤。あとは名古屋・大須のグレーテスト・ヒット。日本盤が格安。つい枚数が増えるので、今回も行かないことにしていたのだけど。ありゃ。まずはミンガス2枚組。ドルフィーが入っている。日本盤で780円!

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エリントンのパリ・コンサートは、最近探していた盤。780円の二枚組。ゴードンのヴィレッジ・ヴァンガードのライヴ。ショウが聴きたくなった。あとはファッツ・ナヴァロのBN盤(キング)。

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あとは1970年代のエルヴィン。トリオ盤とヴァンガード盤。ともに520円。こんな買い物も楽しいが、実は収容スペースがない。どうしようか?

 

 

街場の本屋

昨日から豊橋で仕事。少し早く着いたので、昼食場所を探して歩いてみる。残念ながら、少し歩いた範囲では居酒屋の昼定食ばかりで、そそらなかった。飯屋、のようなものが期待値だったのだけど。

その代わり、ふっと入った本屋がよかった。昔ながらの本屋の匂い、が強く、また天上も高すぎず、そして照明が明るすぎない、懐かしい。精文館書店。

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一階の山の本の充実はただ事ではない。凄い。

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つい買いすぎてしまった、出張中なのに。街場の本屋を大切にせねば、と思った。金沢でも。最近は街に出ないので、amazonの古本ばっかりだから、反省。

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Ives Ensemble: Crane: 6 Trios/2 Solos/1 Quint (2017) ストライク

戦時中にメシアンが作曲した 世の終わりのための四重奏曲は好みで、幾つかの録音を持っている。

あのような、ボクたちが生きている空間の少し先、届きそうで届かない、清澄で何もない、そして空間の微妙な屈折率の違いが光の散乱や蔭をもたらすような、そんな世界から漏れ出る音、を聴いている気分に浸りたい。そう思う。

音響的な面白み、の一つはそんな心象を呼び覚ます。

 

今朝、tweetを眺めていて、ストライクがあった。

なんとなくクロノス・カルテットに期待し、かつ、ちょっとだけ満たされていない音があるように思えるのだが、どうだろうか?

Crane: 6 Trios/2 Solos/1 Quint

Crane: 6 Trios/2 Solos/1 Quint

 

 

物心がついた頃の北陸本線

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今日から再び金沢を出る。滞在時間は36時間弱。 

駅で列車を待つ。小汚い普通列車に旅情を感じてしまった。

子供の頃、北陸本線に大阪発長野行きの鈍行が走っていた、のを思い出した。暫くして、米原発長岡行きになり、更に直江津行きに。次第に短くなっていくこと、が寂しかった。子供の頃、家が嫌だったので、遠くに行きたい、と思って眺めていたのだ。遠くには、遠くがない、と思うこの頃なのだけど

北陸本線完全電化前、直江津蒸気機関車を見た頃。多分、昭和40年過ぎの数年の話。臭い煙を出す細長いディーゼル車が、木の背もたれの客車を引いていた。そう、映画ツゴイネルワイゼンで藤田敏八が、盲目の旅芸人と載っていた客車。これも、数年で電気機関車、布張りの客車に変わっていった。電車は、もう少し後の話だ。

 

Arto Lindsay: Mundo Civilizado (1996) なんて年だ

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 明け方から降り出した金沢。低くアート・リンゼイを流している。

ブラジルの音が内包する狂気のようなもので軽くラッピングした音が、内向的な快感をヒットさせていく。

 日本にやってくるのだけど、全く仕事で都合がつかない。金沢に来るオルークも聴けない。なんて年だ。



 

 

Mundo Civilizado

Mundo Civilizado

 

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Arto Lindsay: Mundo Civilizado (1996, For Life Records)
1. Complicity 4:05
2. Q Samba 3:27
3. Simply Beautiful 3:58
4. Mundo Civilizado 4:23
5. Titled. 3:18
6. Horizontal 3:29
7. Mar Da Gávea 2:43
8. Imbassaí 3:16
9. Pleasure 2:37
10. Erotic City 5:01
11. Clown 3:50
Arto Lindsay(g, vo), Peter Scherer, Andrés Levin (key), Bernie Worrell(org), DJ Spooky, Mutamassik(sampler), C-n-A(programming)
Mixed at Platinum Island Studios
Mastered by Howie Weinberg
Mixed by C-n-A, Pat Dillet
Recorded by C-n-A, Pat Dillet
Producer: Arto Lindsay
Recorded at Estúdio WR, Svuga Svuga Studios, Platinum Island Studios

Walter Norris: The Trio (1961) 流麗なのだけど

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先日入手した、2000円ちょっとのRiversideのMono盤。ウォルター・ノリスははじめて聴く。実は未聴レコードの山のなかに、ペゲとのデュオ(Enja)があって、これを書きながら聴いている。

RiversideのMono盤、エヴァンスがそうであるように、ピアノの美しさと音圧の高さが魅力。このアルバムもそう。音、を楽しむことができる。

ドラムの代わりにギターが入ったピアノ・トリオは好物で、スインギーだったらいいなあ、と思って、買った。コールの古いキャピトル盤が念頭にある。あんな感じ。

さて期待どおりの演奏かどうか、というと微妙。音の数は多く、流麗なのだけど、pレヴィンのような華はない。流麗だから引っかかりがなく、すっと流れすぎる。だから音響的な深み、もない。今聴いているペゲとのデュオも、まあ同じ感じ。

 だからがっかり、かと云うとそんなこともなく、音の良さと、軽く聴く感じは、今日のように移動で疲れ果てた夜には、いいのかもしれない。

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これはペゲとのEnja盤。印象は同じ。ペゲのアンプ臭いベースは苦手だなあ。

THE TRIO

THE TRIO

 

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Walter Norris: The Trio (1961, Riverside)
A1. Groove Yard
A2. Smoke Gets In Your Eyes
A3. The End Of A Love Affair
A4. Scramble
B1. Out Front
B2. Che-Low
B3. For Heaven's Sake
B4. D. & D.
Walter NorrisHal Gaylor(b, cello on B2), Billy Bean(g)
Design: Ken Deardoff
Photograph: Steve Schapiro
Engineer: Ray Fowler
Producer: Orrin Keepnews
Recorded in New York City, June 6 and 30, 1961.

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新宿駅

昨夜はお茶の水で、いつものバー。面白かった。

今日は調布で仕事。陽が沈む前に東京へ向かう。

京王線からの乗り換えで、新宿駅に。

ふっと西口に立っていることに気がついた。

1981年、マイルス・デイヴィスの復帰公演。ボストン・キックスから、極東に辿り着いたマイルス。

ボクは大阪の扇町プールで聴いた。36年前の記憶に浸る。

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そしてその後すぐに、就職で関東に出てきた。45リッターのミレーのザックを担いで、新宿で急行アルプスを待つ。夜行列車、夜明けには松本、有明、白馬に着く。そんなことを繰り返していた1980年代の後半。そんな列車も、今はない。

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